「アメリカでVEXに出会い、実感した成長」竹川杏奈(元Lancer Robotics・プログラマー)

小学校卒業と同時にアメリカ(ハワイ州)に渡り、VEXロボティクスに出会うことで彼女の人生はどう動いたのか? Sacred Hearts Academy(ハワイ)の名門ロボティクスクラブ「Lancer Robotics」でVEXチームのプログラマーとして活躍した竹川杏奈さんに手記を書いてもらいました。


「すべての始まり」

私は小さい頃から機械やコンピュータが好きで、人形よりもレジ打ちのおもちゃを欲しがるような子でした。私の興味に気づいた両親は、自由に使っていいコンピュータを一台家においてくれました。私はすぐに両親の真似をしてタイピングを覚え、子供なりにYahooキッズなどでネットサーフィンやゲームをしていました。今振り返ってみると、小さな頃からコンピュータに触れていたからこそ今ほどの親しみが育ったと思うので、両親にとても感謝しています。

さらに私が小学低学年の頃、暇があればずっとパソコンの前にいる私をみて父が無料でプログラミングを学べるサイトを紹介してくれました。最初は何も理解せず見よう見まねでチュートリアル動画のコードをうつしていただけでしたが、自分がタイプしたものが機能を持ったウェブサイトになることにとても感動したのを覚えています。しばらく経って少しずつ要素の色やサイズを変えてみたりと、自分なりのカスタマイズを入れるようになり、いつからか人のものを写すだけではなく自分で考えて一行ずつコードを書けるようになりたいと思うようになりました。


「VEXとの出会い」

それを実現するチャンスは思ったよりも早くやってきました。

小学校を卒業したのを機にアメリカ(ハワイ)に引っ越すことになったのです。移住の際、学校選びで一番重要視したポイントがSTEM教育にどれだけ力を入れているか、です。当時私は公文で数学の学習を進めていてプログラミングも学んでいたため、それらの分野を伸ばせる学校を選びました。それが、ロボティクス部のあるSacred Hearts Academyでした。

学校に入ってすぐにロボティクスの活動は始まり、一回見学はしたものの急にラボに放り込まれた時は右も左もわかりませんでした。英語も喋れないのでチームメイトとのコミュニケーションもうまくいかずとても戸惑いました。しかしそんな私もチームメイトは快く受け入れてくれて、知らないうちに友達になっていました。

自分はプログラミングの経験がある、ということをなんとか伝えてプログラマーになった私は、早速ロボットをプログラムする楽しさに気づきました。今までの平面のウェブサイトとは違い、3Dの自分で作ったロボットが自分が書いたプログラムで動くのを見て、最初以上の衝撃を受けました。すぐにこれが自分がやりたいことだ、と気づいたのです。

ロボティクスにも野球やサッカーのようにいろいろなリーグがあるのですが、私が参加したプログラムはVEX IQといい、2チームで協力してハイスコアを目指すものです。そのため、大会では今まで会ったこともない他校の生徒と話すことになり、シャイな上に言語に自信がなかった最初はとても緊張しました。でも負けず嫌いな私はそれを言い訳にスコアを妥協したくなくて、自分を奮い立たせて積極的に話しかけるようにしました。普段の練習中も複数人で一つのロボットをつくるためコミュニケーションは欠かせず、必然的に英語を使う機会が増えたため、私の英語力はみるみるうちに上達していきました。一年後にはほぼ完全に聞き取れるようになって、話すことも語彙力はないながら通じるようになりました。ロボティクスのスキルもとても成長して、2年目には大会で上位入賞はもちろん、優勝することも増えました!

↑地元の大会で優勝した時の写真です。

最初はもちろん緊張や不安もありましたが、思い切って飛び込んでみたらそんなに怖いことはなく、むしろもっと早くからやっていたかったと思うほど楽しかったです。興味があることは、いろいろと考えている暇があったらまずやってみればいいのかも、と思うようになりました。


「レベルアップ」

アメリカに来て、そしてVEX IQを初めて2年、9年生になった私はVEXというもう一段階上のレベルのプログラムに参加することになりました。IQではプラスチックの部品をパチンと止めるタイプの留め具で繋げていたのに対し、VEXではアルミニウムなど金属の部品と実際のねじを使います。プロの方が使うような電動のこぎりも使ったり、一気に本格的なロボット作りになります。初めて金属のロボットを作り上げた時は最初は想像もしていなかったレベルに辿り着けたことを誇りに思いました。

使う道具だけでなく、ルールも少し変わります。VEX IQでは2つのチームが協力してハイスコアをめざしますが、VEXでは同時に4台のロボットがフィールド上で戦って点数をきそう2対2の対決方式となります。作戦によってはアグレッシブに動いて敵の邪魔をすることもできます。そのため試合中にロボットが壊れてしまうことも多々。最初はびっくりしましたが慣れてきたら私の闘争心に火がつきました。笑

↑VEX一年目のロボットです。これは一度大きなデザイン変更があった後です。

しかしVEX1年目が始まってすぐ、私のチームは解散の危機にありました。7年生の時には7人チームだったのが8年生の時には4人になっていて、その4人の中でも不協和音が見え始めていたのです。長い間やっていくにつれ、各メンバーのやる気や目標にずれが生じていました。私にとってロボティクスは最優先の活動だったため、他の部活動や習い事であまり練習に来ないメンバーや来てもやる気のなさそうなメンバーに苛立ちを覚えていました。今思い返してみれば私もそのメンバーに強く当たってしまったり、組み立てからドライバーまで全部自分でやろうとしたり、とムキになってしまっていました。チームの雰囲気はだんだんと悪くなり、結果もなかなか出ませんでした。ついに見かねた顧問の先生と先輩チームのメンターがミーティングの場を開いてくれて、そこで真剣に今自分たちがやりたいことは何なのか、それを達成するためにどれほどの労力を注げるのか、ということを話し合いました。そして次の日、2人のメンバーがチームを離れました。

その当時は真剣にロボティクスに向き合えるメンバーだけが残って嬉しかった反面、本当にこれでよかったのかと不安にもなりました。なぜなら、ロボティクスではデザイン、組み立て、ドライブ練習、プログラミング、などたくさんやることがあるのでVEX一年目の私たちがそれを2人でこなせるのかわからなかったからです。ここでも私は負けず嫌いを発揮し諦めてたまるか、と一層練習に打ち込みました。その結果、決勝は常連になりひとつの大会では優勝することもできたのです!!その時やっと、衝突や困難がありながらもVEXを続けて良かったと思えました。そしてその間ずっと一緒に戦ってくれたチームメイトにとても感謝しました。

↑VEXで初めて優勝した時です。アライアンスとは過去二回の大会で一緒に決勝まで進んでいたので、三度目の正直となりました。

今振り返ってみると、もっと他の方法で問題を解決することもできたかもしれません。でも、今ではチームを離れた2人ともまた仲良くなることもできたし、それぞれ自分が本当にやりたいことを見つけられたようなので良かったです。さらに当時の自分の言動を振り返り、これからは自分の価値観を押し付けるだけでなく相手の状況や意見も聞き入れるようにしようと心を改める良い教訓となりました。


「パンデミック」

一山乗り越えて調子にのってきたと思った矢先、パンデミックが始まりました。もちろん何十人もの人があつまる大会は全て中止になり、オンライン大会が開催されたは良いものの練習時間も限られたため参加することはできませんでした。

大会がないため練習時間がほぼゼロになり、たくさんの自由時間ができました。そこで私はコーチに勧められてAIのオンラインインテンシブの授業を受けました。そこで初めてプログラミングだけに特化した授業を受け、私はハードよりもソフトウェアの方に興味があるということを再確認しました。

そのインテンシブには、授業で習ったことを生かしてチームでAIモデルを作り、それを発表するというプロジェクトもありました。チームには昔の私のようなシャイで口下手な人が多かったため、VEXをやっていたことで培ったコミュニケーション能力を活かし積極的に発言しチームを引っ張ることができました。

↑インテンシブで作ったモデルの一つです。画像のどの部分が道路か認識して曲がる方向をAIが教えてくれます。


「VEX最後の年」

そして迎えた2022年、私は一年早く卒業することになったため高校でのVEX最後の年となりました。しかしコロナをきっかけに最後のチームメイトがロボティクスを離れ、どうすればよいのか不安になりました。ありがたいことにずっと憧れていた先輩のチームが私を仲間に入れてくれ、私が世界大会にたどり着く最後のチャンスを与えられたと思いました。

練習が始まってすぐ、このチームがとても強い所以がわかりました。最初のミーティングから大会に向けてのゴールを明確にし、今まで私のチームの課題であったタイムライン作りやドキュメンティングもしっかり計画されていました。さらに今までとは違い私はプログラミングだけに集中することができました。今まではドライバーもやっていましたが、VEXに入ってから私にはストレスが大きくあまり好きではなかったため、自分が得意で好きだと思っていることに集中できるのがやる気にもつながりました。それによって今まで挑戦できなかったセンサーを使ってみたり複雑な制御を学んだりすることもできました。

そのような役割分担がある一方、デザインやロボットの組み立てはチームメンバー全員で行いました。ロボットを作るプロセスに関わることで自分たちのロボットの能力を深く理解することができて、それが最終的には自分のプログラミングにも役立ったのでとても良い方法だと思いました。たとえば私は自動制御のためにセンサーなども使いたかったので、それに関する意見などもデザインの議論中に積極的に提案するようにしました。また、一緒にロボット作りに取り組んだおかげでチームとしての雰囲気がまとまり、新しく入った私もすぐに馴染むことができました。この役割分担とチームワークのコンビネーションを生かし、私以外のメンバーも各自得意なことを伸ばして活躍したため、Excellence Awardというオールラウンドで突出したチームに送られる賞を3つの大会で獲得することができました。

そして迎えた州大会、世界大会への切符を手にする方法はいくつかありましたが、やはり一番欲しかったのはExcellence Awardです。いつも通りやればそれも夢ではないものの、これで負ければ高校生最後の大会となるため、チームみんなとても緊張していました。

そんな中、私が一番気にかけていたのはスキルチャレンジです。メインの対決形式の試合とは違い、スキルチャレンジでは一つのロボットが与えられた時間でどれだけ高いスコアをだせるか競います。ドライバー操作と自動制御ふたつを合わせた点数でランキングがつくため、プログラマーの私としては負けるわけにはいきませんでした。さらに1位になれば世界大会出場も決まるので、勝つことしか考えていませんでした。予選最後の試合前にキューで待っていた時、スキルチャレンジが閉め切られ、私たちの一位が確定したことを知りました。その時私はとても嬉しくて誇らしかったです。何時間も放課後に残って調整を続けたかいがあったと思いました。叫びにならない叫びでチームメイトとハグをして、まだ大会は終わっていないのにお疲れ様と言い合いました笑。その勢いのまま最後の試合も勝って予選を二位で通過し、さらに準決勝まで勝ち進むことができました。

結果、Tournament Finalist、Skills Champion Award、Excellence Awardという三つの賞を手にし、世界大会への出場は確実となりました。これ以上ない結果を獲得できて、一年間一緒に戦ってきた仲間、仲良くなったたくさんの友だちと互いの健闘を讃えあえ、とても幸せな1日になりました。

↑ハワイ州大会の写真です。まさか三つも賞をいただけるとは思ってもいませんでした。


「最初で最後の世界大会」

初めての世界大会の舞台はテキサス。初めて行くところで不安もありましたが、それ以上にワクワクが止まりませんでした。大会に参加したことで特に感じたのは、VEXというプログラムの規模の大きさと世界中の生徒たちのロボットに対する情熱です。ホテルに着いた瞬間から複数のチームをみかけたのですが、皆私と同じようにワクワクしているのが伝わってきました。さらに私は初日のオープニングセレモニーにハワイ代表として参加し、舞台裏でアメリカの各州の生徒たちと話す機会があったのですが、そこでも自分達の活動を目を輝かせて話す姿に共感しました。チームのブースにもたくさんの人が立ち寄ってくれ、さまざまな会話を通し、自分と同じようにロボットが大好きな人たちが年齢、性別、言語関係なく世界中にたくさんいるということに気付かされました。

↑上の写真はいろいろなブースを回って集めたリストバンドです。下の写真はオープニングセレモニーで、右から三番目のドレスを着ているのが私です。

しかし全てがただ楽しかったというわけではありません。大会2日目の最後の試合、だんだんと調子が上がってきていたところで私は大きなミスをしてしまいとてもショックでした。ダウンロードするプログラムを間違えて相手にボーナスポイントを与えてしまったのです。地元の大会でも以前同じミスをして、それを繰り返さないように工夫したつもりがそれに満足して最後のダブルチェックを怠ってしまったためです。試合中にバッテリーが外れてしまうというアクシデントも起きて、悔しい2日目の終わり方でした。ミスはいつでも起こりうるのですが、このような大きな舞台でチームの足を引っ張ってしまったことに落ち込みました。でもチームメイトが「そんなことないよ、アンナはよく頑張ってるよ」と言ってくれました。今まで一緒に努力してきたチームメイトに言われたからこそ、まだここであきらめるわけにはいかないと勇気づけられました。

迎えた最終日、前日のミスを挽回するべくプログラムを全てダブルチェックしたり、これまでの試合を振り返ってどのような戦略を立てたら良いかなど積極的に提案したりしました。自動制御のスキルチャレンジの調整も朝一で行い、空いた時間にすぐに挑戦しました。やはり完璧なパフォーマンスはできなかったものの、最後のタスクを除いて全てうまくいったと聞いてほっとしました。自分ができる最高点を出せなかったことは悔しかったですが、それ以上に過去5年間プログラマーとしてやりきったという達成感を感じました。さらに、大会終了後に分かったのですが、スキルチャレンジでドライバーのスコアと合わせてなんと818チーム中57位というとても良い結果に終わっていて、自信も取り戻しました。

予選を16位で通過した私たちはアライアンスにハワイで共に戦ってきたチームを選びました。決勝はあっという間に過ぎていき、1試合目は1点差で勝ち、準々決勝で3点差で負けるというとても僅差な戦いでした。気づいたらVEXが私の生活の一部となっていて、これが最後の試合なんだという実感はしばらく湧きませんでした。ハワイに戻ったらまた来年に向けて準備を始めるんじゃないか、と思ったほどです。

そして驚くことに、私たちはDivisionでもらえる最高の賞とされているDesign Awardをもらうことができました。それぞれの担当分野を記録したEngineering Notebookやみんなで練習したインタビューなど、チームワークが評価されたようでとても嬉しかったです。

集大成とにふさわしい大満足の最後の大会となりました!!

↑世界大会で全員でとった写真です。1人はけがをしていて地元大会には出場できなかったのでやっと全員揃って楽しかったです。


「VEXプレイヤーに向けて」

私のVEXの経験のすべてが順風満帆だったわけではなく、結果が出ずにつらい時やチームメイトとぶつかってしまった時もありました。これからVEXを始める人、もう始めている人にもそのような壁が現れるかもしれません。でも、そんな時こそVEXへの情熱、エンジニアリングやプログラミングが好きという気持ちを忘れないでください。そうすればつらいことも楽しいことへと変わるからです。

もし自分一人では壁が乗り越えられないと思った時は、周りに助けを求めてください。自分から話しかけるのが不安な人は、一回でいいので勇気をだしてみてください。きっと快く受け入れてくれます。私もチームメイトや他のチームに頼られるととても嬉しいし、自分の好きなことを教えるのは楽しいからです。そして、そこで生まれた出会いを大切にしてください。私はVEXに参加することでたくさんの人と友達になることができたし、チームメイトとたくさんの忘れられない思い出をたくさん作りました。

VEXは私の高校生活の大部分でした。参加しなければ味わうことのできなかった経験、出会いに恵まれてとても楽しかったです。高校を卒業した私は、今年の9月からカナダのウォータールー大学で数学を勉強します。大学でVEXを続けるかはわかりませんが、培ったコミュニケーション能力、チームワーク、そして技術は一生物になると思います。VEXに出会えて本当によかったです。

竹川杏奈

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